小説(長編2) [ 冬の陽炎、哄笑響く  第1話 ]


   ☆この作品には縦書き版もあります。(ミラーはこちらです。)どうぞ、読みやすい方でお読みくださいね。
   







                              












   [ 第1話 (全5話) ]


 白熱灯の淡いコバルト・ブルーを帯びた冷たい光のもと、細雪に覆われた山は蒼白に輝き、
右に左にゆらめく。
 山は、間歇的にこみ上げる振動に翻弄され激しく身をよじっていた。
 茜黄色に煮えたぎるマグマを火山口から吐き出そうとしては叶わない苦しみにわななき、む
なしく足掻く。
 「──翠。彼女の太腿、おまえの太腿にそっくりや」
 「何言ってやがる」
 「白うて、ぴっちりと肉が締まってる。もったいないなぁ。本当やったら、五体満足の綺麗な子
供が生まれるやろうに」
「自業自得や。一度思いきり苦しんだら分かるやろ。もっともっと苦しめばええねん。ま、あの小
娘のアタマに学習能力があれば、の話やけどよ」
「し、声が大きい。聞こえるぞ」
「言い出したんは、あんたやで」
 産みの苦しみが始まってから、三日目が過ぎようとしていた。
 医師の国見大雅(くにみ だいが)、アルバイトの矢木翠(やぎ すい)は泊り込みで付き添
う。
 大雅一人で経営する個人病院である。暁のほかにはスタッフはいない。大雅には他のスタッ
フを雇う意思も金もなかった。
 翠は少女の、大きくMの字に開かれ分娩台に固定された太腿の裏側を見つめる。
 分娩台の色は青、身にまとった手術着も薄青、いっぽう手術着の中からにょっきりと出た二
本の足は白なのに、分娩台の青よりも蒼い燐光を発しているように見える。
──おれの太腿だと。おれの脚は、あんなに細くもないし、蒼白くもないし、もっと長い。
 翠の網膜は、持ち主の意思に反し、六年前の自身の姿の幻影を分娩台の上で身悶えする
少女の上に投影させる。
 同じ形で分娩台に固定されたおれの脚はあんな形だったのだろうか。
 翠は思う。
 二つ並んだ雪山のように白い太腿。Mの字の。細い緑の血管を浮き上がらせて。
 けれどこの少女はおれよりもずっと幸せだ。自分の意思で分娩台に上がっているのだから。
 おれは無理矢理上げられた、そしてもう少しで、去勢されるところだった。
 今も忘れられない、たぶん一生忘れることはない戦慄。みじめに股を広げた姿勢の心もとな
さ、むき出しになった尻の素肌に当たる診療台の冷たいビニールの感触、消毒用アルコール
の匂い、清潔さだけが無機質に漂う妙に白すぎる壁、医療器具がかすかに触れ合って鳴る金
属的な音以外は何の音もしない、耳鳴りの響くような診察室の静けさ、からからに乾いたおの
れの口腔。
 局部を消毒用ガーゼで無造作に拭われたとき、アルコールの蒸発による痺れるような冷えに
怯え、十二歳の翠は失神したのだった。
 大雅の助けがなければ今頃自分はどうなっていたことか──自尊心の強い翠にとっては腹
立だしいことだったが、それは認めざるを得ない──現在も翠が生まれたままの身体でいられ
るのは、生母から翠を引き取った大雅のおかげなのだった。 
 この少女は幸福だ、と翠は思う。こいつは幸福だ。自分の意思で自分の赤子を殺すことを決
めることが出来る自由。
 不意に翠は激しい嫉妬を少女におぼえる。憎しみに近いほどの理不尽に激しい嫉妬は、じき
に寂寥に姿を変えて翠をさいなむ。
「あ、あ、あああああああっ!」
 少女は陣痛の波が滾るたび激痛に絶叫する。雪山の太腿が激しく蠕動する。
──昔、おれの母も、あんな風に大きく股を広げ、男をくわえ込んで闇の中、白く脚を蠢かせて
いたのだった。
 幼い翠は息を呑んで見る。母は幼児に構わず、昂ぶってくると「ああ、いく、いくぅ」と嬌声をあ
げる。翠はやがて見飽きて眠り込む。
 夢の中、白い鱗の蛇がぬらぬらと厭らしく表皮をてからせて、追ってくる。逃げても逃げても
追ってくる。やがて翠は雪山へたどりつき、深い洞窟への入り口があるのを見つける。洞窟の
中は赤すぎるほどに赤い赤土の壁だ。翠はその赤の毒々しさに躊躇うが、蛇の冷たい舌が後
ろ首にちろりと触れたとき、悲鳴をあげて洞窟へ飛び込む。飛び込むと、洞窟は女の子宮に変
わり、翠の背中を締め上げる。大きな悲鳴をあげるが、誰も助けてはくれない。やがて翠は力
尽き、口からぬめりとした苦い内臓をぞろぞろ吐き出す。内臓は歯肉にまとわり、歯に当たっ
た内臓の粘膜は破れ、鉄の味の鮮血が口腔いっぱいにほとばしる。内臓は吐いても吐いても
口から溢れ、血はねっとり喉を詰まらせる。息が出来なくなり、悶絶して目が覚める。身体じゅ
うが寝汗にびっしょりと濡れそぼっている。皮膚にはりつくパジャマの布地が気持ち悪い。
 何度も何度も見た夢だ。今でも時折見る夢だ。あれは何なのだろう。何かの予兆なのだろう
か。おれはいつか、内臓を撒き散らして死ぬのだろうか。こんな風に小さな命を抹殺して、日々
の糧を得ている代償に。
「翠。翠!」
「……え」
「ぼうっとするな。何かやらしいことでも考えとんか。点滴を交換してくれ」
「あ、すまん」
 厭らしいことを考えていたわけじゃない。
 普段なら反駁するところだったが、翠の舌は追憶の怖気に囚われこわばっていた。その恐怖
を振り切れないまま、ぎこちない動作で点滴を取り替える。少女が呻く。 
 分娩台の上で点滴の管を腕に挿し、身をよじらせ続けている十六才の少女、毛利梨花(もう
り りか)は、妊娠二十週をとうに過ぎてようやく病院を訪れた。
 売春の結果の妊娠とのことで、妊娠した正確な時期は分からなかったが、超音波の検査の
結果、二十数週であることが分かった。カルテには中絶が許される法定期限の二十二週と記
入してある。
 親の付き添いもなく独りでやってきた梨花は、小学生にも見えかねない小柄な身体、あどけ
ない顔の少女だった。乳臭ささえ漂わせる、幼い薄っぺらい身体に、彼女は胎児を宿してい
た。
 妊娠約七ヶ月という、遅い中絶だった。妊娠初期であれば、母体に麻酔をかけて眠っている
間に処置しその日のうちに帰宅させることのできる楽な手術で済んだのだが、梨花への処置
は母体にとって非常に負担が大きく苦痛を伴う人工流産を取らざるを得なかった。
 通常分娩であれば、子宮口は出産に備えて自然に緩まっている。しかし梨花の出産は、人
工的に流産させるものだ。彼女の膣は緩むことなく、胎児を守り固く閉ざされていた。
 そこを無理矢理にこじ開けてゆくのだった。
 子宮口に、海草の茎を乾燥させてつくるラミナリヤ棹を数本ずつ、段階的に挿入し、ゆるませ
ていく。
 ラミナリヤ棹は膣内の水分を吸い取り、膨張し、膣を広げる。
 最初は五本、最も小さなサイズのラミナリヤ棹を挿入し、数時間おく。次に拡張器を使用して
さらに粘膜を広げ、中サイズのラミナリヤ棹を八本。また十分にラミナリヤ棹が水分を吸って
膨らめば、再び拡張器を使用し、ラミナリヤ棹を再び増やす。この処置が何度も繰り返され
る。膣を、胎児を吐く大きさに広がるまで、可能なかぎり拡げ、また軟化させるための処置であ
る。
 少女は敏感な子宮口に処置を受けるたびに、喉から「ひッ」と堪えきれない苦痛の悲鳴をあ
げ、身をよじらせる。
 大雅は構うことなく、冷静に慎重な指先で器具を操作し、少女の膣を広げていく。
 幼い少女の、淡い陰毛の生えた膣は、ラミナリヤ棹を加えて子供の握りこぶし大にまで拡が
っていた。
 そして、陣痛促進剤を膣に投与したのが、九時間前。二度目の投与が六時間前。さらに三度
目の投与が三時間前。そして今、四度目の投与を加えた。
 九時間の間、少女は腰骨が砕けるような凄まじい苦痛に翻弄され、何度も嘔吐した。
 獣のような慟哭をあげ、泣き叫び喚きちらし、太腿をよじり、身体を狂ったようにのけぞらせ
暴れる。
「あ、あ、ぁぁぁあああああ! ぎゃあああああっ! ああああああ!」
 股の間からたらたらと羊水が流れ出ていた。微かな血の匂い、少女の流す脂汗に混じった
独特のホルモン臭が空気中に重くたちこめる。
 少女は陣痛に身体いっぱいで苦悶するのだが、立ち合う方にとっては日常茶飯事の光景
だ。
 が、大雅は時計を見てため息をついた。
「──どうも、まずいな。長引きすぎや。翠、ちょっと、電話してくれへんか、この子の母親に」
「オーライ。麻酔を使ってええかどうか聞くんやな」
「頼む」
 思いきり苦しめば良いと冷淡に言った翠だったが、絶え間ない少女の叫び声は翠の鼓膜を
も麻痺させ、神経を疲弊させていた。
 早く終わって欲しい。
 翠は少女のカルテを見て、母親の携帯電話の番号をプッシュした。何度もコールした後、よう
やく低くかすれた無愛想な声が応えた。
「もしもし」
「あ、夜分申し訳ありません。国見クリニックです。あの、お嬢さんがですね」
「終わったの? タクシー代はその子が持ってますから、本人に言ってくださいな」
「いえ、この前ご本人さんには申し上げたのですが、終わってからも暫く入院していただかない
と、出血がありますから。で、その件ではなくてですね」
「入院? お金一日いくらかかるの。うちにはお金あれへんわよ。死んでもいいからすぐに帰っ
てくるように厳しく言ってくださいな。うちの問題ですからお宅には関係ないでしょう」
「ああああああああああ! うああああああああ! ひいーーーーーやぁぁぁぁ!」
 背後で少女が鋭い悲鳴を上げる。
 受話器は悲鳴の音を拾うだろうか。翠は、娘の悲鳴を母親に聞かせようと、意識して梨花の
傍に近寄った。
「きゃああああーーーあーー! うううぅうーああああ!」
「お母さん。お嬢さんはまだ陣痛中なんです。それで、もう九時間経つんですが、どうも重くて、
嘔吐が激しく、こちらとしても心配なのですが、麻酔を使用する際、可能性は低いんですが母
体への危険はゼロとは言いかねますので、うちではご家族の許可の許可をいただいているん
です」
「麻酔? タダじゃないでしょ。お金かかるんでしょう。冗談やないですよ。あたし、こないだお宅
からお電話いただいたときに言ったと思いますけど。要りません」
「それは、かかりますけれども、このままでは」
「要りません。今からそっちに行きます。とっとといきませて、連れて帰りますわ。もう、手がか
かるったら」
「あの……」
 問答無用という調子の応答は唐突にぷつりと切れた。説得を続けようと口を開きかけた翠の
耳に、ツー、ツー、ツーという電子音だけが虚しく響く。翠は憤りに白目が出るほど大きく目を剥
き、大雅を振り返った。
「何ちゅう母親や。麻酔は金がかかるからいらんってよ。くそババア」
「翠! 声が大きいって。──困ったな」
 のたうちまわる少女の耳に翠の声は届いたのか、届かなかったのか。
「ああああああああああ! たすけてえええええっっー! ころして、ころして、ころして! ああ
ああああああー」
 そのとき、少女の子宮口から、赤黒いものが微かにのぞいた。
「あ、もう少しだ! 頭が出てきたよ、梨花ちゃん! 落ち着いて、ほら、深呼吸して。息を吸っ
て」
「あ、あ、ひ、ひ、はああああ」
「その調子。はい、吐いて。はーい、すーっと吸って。そうその調子、次は、はーっと吐いて。大
丈夫、もうすぐ終わる。頑張って」
「あ、あ、あ、ああああー」
 絶叫はさらに二時間続いた。そして、ひときわ大きな絶叫とともに、胎児の頭部、そして肩甲
部が娩出された。大雅は器具を使って胎児を梨花の子宮口から引きずり出した。
「ぎゃあああああああ! ひいいいいいいぃぃぃ」
 にやぁ、にやぁ、にやぁと、子猫に似た産声が分娩室の中に響いた。女の子だった。
 完全な人間の肢体を持った胎児は、居心地の良い胎盤の中から、冷たい外気の中へ無慈
悲に引きずり出され、銀色のトレイの上で抗議の泣き声をあげる。母親の血にまみれ、赤とピ
ンク色と黄色が醜く混ざり合わさった小さな赤ん坊の全身を、翠はぐるぐるとバスタオルで手際
よく巻きあげて、窒息させる。赤子の声は、次第に弱々しく細くなっていく。
 翠の手に、母親の血にぬるぬるとぬめった小さな身体の、血の通った確かないのちのぬくも
りを残して。




 大雅が鋭匙を使って子宮内の残滓を掻爬し、梨花の中絶は終わった。
 梨花の膣内を脱脂綿で消毒し、血と汗で汚れた身体を拭いてやり、産褥用ナプキンをあて、
分娩台からベッドに少女を移してやる。胎児を産み落としたあとの身体は、信じられないほど
骨ばって、軽かった。
 そのとき、翠は病院に駆けつけた母親と押し問答になっていた。
「終わったんでしょう。帰りますから、娘を返してくださいよ」
「帰りますって、お母さん。お母さんもご出産の経験がおありでしょう。お嬢さんには、安静が必
要です。今すぐ帰すという訳にはいきません」
「あたしの出産? 失礼やね。そんなちゃらちゃらした茶色い髪の毛で、いったい何様やの、あ
んた。若いくせに大人に偉そうな口をきくんやないわよ。うちの娘を返せといって何が悪いの
よ。あんたじゃ話にならへんわ。娘に会わせなさい」
「ちょっと、待ってくださいよ、お母さん!」
 翠の静止を振り切って、母親は病室へずかずかと踏み込んできた。小柄な娘とは違い、太っ
て上背もある、体格の良い、四十歳くらいの不細工な女だった。けばけばしいオレンジ色のセ
ーターに鋲の入った安っぽいジーンズ、だまになった黒いマスカラとアイラインが目立つ派手な
化粧。ムスク系の複雑すぎて人を不快にさせるきつい香水の匂いが、大量に空気の中に散乱
し、血と消毒用アルコールの匂いに混ざった。
 その母親を、泰然と落ち着いた物腰で迎えた大雅だったが、内心では娘が陣痛で苦しんでい
るときに化粧を念入りにして来る女の神経に舌を巻く思いだった。
 この仕事をしていると、冷淡で無関心な親に出会うことは多いが、ここまで冷酷で我儘勝手な
母親というのは珍しい。
「終わりましたよ。難産でしたが」
 苦痛の洗礼を受けて蒼ざめた梨花は、母親が入ってくるのにはまったく無関心な様子だっ
た。血の通わない日本人形のような顔が枕から天井を見上げている。
 母親はいきなりその頬を平手で張った。
 梨花は手で顔を庇うこともせずに、首だけを母親と反対の方向へひねった。
「ちょっと、何をするんですかお母さん!」
 これにはさしもの大雅も驚いて、母親を羽交い絞めにした。
 翠が梨花の横たわったベッドと母親の間に割り込む。
「悪運の強いあつかましい子や。死ねばよかったのに。のうのうと寝そべりやがって」
「お母さん!」
「先生、この子、避妊手術できないんですかね。子宮摘出とか、出来るんでしょう。お願いしま
すよ。入院ついでに。このあばずれを放っておいたら、何度妊娠するか分かりやしない。ええ、
もちろん、お金がかかるのは承知ですよ。ちょっと梨花、聞いてるんか。あんた貯金あるんや
ろ。払いなさいんか。自分のケツは自分で拭いや」
「病気もないのに避妊手術は出来ませんよ。ましてお嬢さんは健常者カードをお持ちですし。た
とえお嬢さんの同意があっても、避妊手術は出来ません。そんなことをすれば、こちらが違法
行為を犯すことになります。お断りします」
 梨花の母親はいまいましげに顔をしかめ、舌打ちした。
「ホンマに、死んでしまえばよかったんや。あんたみたいな役立たず。ど淫乱のスベタ。ただ飯
食いの厄介者」
 翠は同情を覚えて、梨花を見た。彼女は再び頭の位置をもとにもどし、何事もなかったかの
ように冷たい目で天井を凝視している。その漆黒の瞳に、憤怒のかぎろいが一瞬よぎったよう
に見えた。しかし梨花の顔はどこまでも無表情に冷たく、何の感情も表してはいなかった。翠は
彼女の視線を追って天井をちらりと見る。無地の清潔なクリーム色のクロスで内装された天井
である。照明灯の影の濃淡以外のものは何も見えないが、彼女はそこに何かを見出している
のだろうか。自分なら真紅の鮮血、消えた胎児の幻影をそこに見るかもしれない、と翠は思う。
それとも過ぎ去った痛みの、昏い紅色の閃光の軌跡を。
「勝手にすればええんや。これだけは言っときますけど先生、あたしは金輪際お金の面倒は見
ませんからね。この子に請求してください。売春でたんまり儲けてる子ですわ。なんぼでも貯め
こんどんとちゃいますか。梨花、好きなだけ入院してたらええねんや。死ぬまでおったらええ。
この親切な先生が面倒見てくれはるわ。先生、もうこの子のことであたしのとこに連絡入れんと
ってくださいね。ええ迷惑や。電話されても出ませんから。ほな、ご自由に」
「あ……」
 呼び止める間もなく、母親は病室に入っていた時と同様に、奮迅の勢いで飛び出して行って
しまった。
 思わず追いかけた翠と大雅を尻目に、銀灰色の車がエンジンをふかし、走り去った。
 梨花の母親を助手席に乗せ、運転しているのは、その車と同じような銀灰色に髪を染めた若
い男だった。マネキンのように整った横顔がちらりと見えた。
 どう見ても、三十はいっていないように見えるので、梨花の父親ではないだろう。愛人なのだ
ろうか──それとも水商売風の男なので、ヒモなのだろうか、と翠は思う。
「……」
 二人は顔を見合わせて肩をすくめ、病室に戻った。
 大雅と翠は顔を見合わせ、少女の顔を見下ろした。
 薄碧のかかった梨花の瞼は静かに閉じられていた。
 泣いた形跡も動揺した形跡もなく、微かな薄い銀色の短い産毛を頬に光らせて、彼女は眠り
につこうとしていた。
 倦怠の跡を色濃く残す小さな顔は砂漠の淡い砂の色、少しとがった小さな耳は瓶覗きのほ
のかな薄藍、蒼ざめた唇はたおやかな淡藤、長い髪だけが持ち主の疲弊を裏切って生き生き
とした艶をたたえ濡烏色に広がりかがやく。
 寝かされると目を閉じる、抱き人形のような姿をかれらの眼下に無防備に晒し、彼女は産み
の苦悶から解放されて半ば勝ち誇った微笑を浮かべているようにさえ見えた。端がつりあがっ
てしゃくれた唇をしているので、微笑んでいるように見えるのだ。
 大雅は苦笑した。
「疲れたな。おれたちも、仮眠を取るか」
「ああ……すさまじい母親もあったもんやな」
「こんな可愛い子やのにな。気の毒に」
「ま、あばずれは、あばずれや」
 大雅は梨花の枕の横に、気分が悪くなったらすぐに呼べるよう、ナースコールのボタンをそっ
と置いた。
 血の匂い、仔を産む雌のホルモン臭、傍若無人なムスクの悪臭、消毒用アルコールの匂
い、室内に漂っていた悪臭すべてが、換気口から新鮮な外気と交換され、ほんの微かに少女
の白百合に似た甘い汗のにおいが漂うだけだった。煉獄の業火に翻弄されるかのような、悲
痛に耳をつんざいた絶叫も、いまは嘘のように静かになり、ただ少女の規則的なゆったりとし
た寝息がアダジオのリズムで繰り返される。
 少女は昏々と眠る。
 大雅と翠は、梨花を起こさぬよう足音を忍ばせ、静かに扉を閉じて退出した。
 翌朝、体温計と薬、朝食を持って病室に入った翠を迎えたのは、からっぽのベッドだった。
 病院の内部とその近所をくまなく探したが、彼女は何処にもいなかった。
 何時間、何日間経っても梨花は戻ってこなかった。
 信じがたいことだが、産褥直後のあの身体にもかかわらず、彼女は逃げたのだ。
 二人はそう結論を出した。
 毛利梨花は逃げた。おそらくは、医療費の支払いを踏み倒すために。




 ブローニングM1910。
 J.M.ブローニングの製作した数々の拳銃の中で、もっとも優れていると言われる。最初に
製作されてからとうに一世紀以上が過ぎ、第三次世界大戦を経て今尚、生産が続けられてい
る、シンプルなフォルムが美しい古典的な名品。
 闇で大枚をはたいて手に入れた、翠の宝物である。小型だが、握れば鉄の重みは掌にしっと
りと吸いつき、官能的な陶酔が翠の背骨を走り抜ける。ブローニングを手に、ぐるりと回してみ
たり、布で磨きをかけたり、愛撫するように優しくもてあそぶうち、翠は自分が次第にじんわりと
濡れてくるのを感じる。
「おい、危ないな。弾こめるなよ、間違っても」
 大雅が声をかける。翠は顔を上げようともせず、だらしなくベッドに寝そべり頬杖をつき、もう
片方の手でうっとりとブローニングをいじりまわしながら、応えた。
「弾なんか、こめてへんわ。あほ。──なぁ、ホンマに警察に届けへんのか。あの毛利梨花の
医療費。泣き寝入りするのか」
「届けへん。あの母親、正気の眼じゃなかった。娘もな。何か異様やった。気色悪い。何しでか
すか分からへんわ。いざとなったら、妊娠二十二週を過ぎとったって逆に訴えられるかもしれ
へんし。前金も幾らかもろとるし、もうええわ。厄介事には巻き込まれたくない」
「あんたも、見かけに似合わずたいがい臆病というか……ま、慎重というか。トシの証拠やで」
 大雅は三十六歳になる。百八十六センチメートル、八十キロのがっしりとした浅黒い体躯、盛
り上がった筋肉には男盛りの艶が光る。
 翠は半分の年齢、十八歳だった。百七十二センチメートル、五十八キロ。圧倒的に体格が劣
り、力も弱いので、生意気な口をききながらも翠は無意識に言葉を選び、大雅を本気で怒らせ
るようなことはほとんど言わない。
 大雅はナイトガウンを脱ぎ、ハンガーにかけながら呟いた。
「そういえば、あの子が逃げてから、もう一ヶ月以上になるんか。あの身体で、どこに逃げたの
やら……大丈夫かな」
 翠は鼻で笑った。 
「あれだけふてぶてしかったら生き延びるやろ。男のところにでも転げ込んどるんとちゃうか」
「男のとこったって、あの身体じゃまだセックスは、あかんねんけどな」
「説明する前に逃げおったやないか」
「──電気消していいか。あ、おまえ、薬飲んだか」
「ああ。まだやった……」
「飲んでこいよ」
「世話焼き女房みたいな性格やな、あんたは、ホンマに」
 翠は弾みをつけてベッドから起き上がり、大切なブローニングをサイドテーブルの引き出しに
片付け、キッチンへ行って免疫抑制剤をミネラルウォーターで服用した。まろやかな冷たい液
体が喉を通り抜ける。水道水はとうの昔に飲用禁止になっていた。
 翠は四年前に心臓移植を経験している。
 延べ三十年間に及ぶ戦争が終わり、やがて十年が経過するが、戦時中に投下された核弾
頭や原発の爆破により、放射能は日本のほぼ全土を侵した。
 放射能の影響により、心身に何らかの障害を持つ人間は未だ日本人の九十七パーセントを
占める。
 圧倒的なドナー不足の中で、心臓に障害を持って生まれた翠が海外のドナーの心臓を手に
入れることができたのは、大雅の出身大学の教授のつてによるものだった。
 大雅もまた、かつては障害を持って生まれてきた子供だったのだという。手足の指が六本ず
つ。幸運なもので、切断すれば五本に戻る身体だった。今は健常者と何ら変わりはない。しか
し生まれてきた段階で異常があった大雅に、国や地方自治体から様々な特別待遇を受けられ
る健常者カード──通称プラチナカード──は支給されることはないが。 
 寝室に戻ると、部屋の電灯は既に消え、大雅はベッドに入っていた。ベッドサイドのスタンドだ
けがほの暗い金色の明かりを闇の中にぼうっと放つ。
 翠はベッドにすべりこんだ。大雅の寝息が聞こえてくる。昼間の仕事で、疲れているのだろ
う。産婦人科がメインだが、大雅の守備範囲は広く、内科外科精神内科小児科泌尿器科耳鼻
咽喉科、要はどんな症状を訴える患者であってもやって来ればとりあえず診る。それは大雅の
国見クリニックに限らず、どこの開業医でも同じことだった。病人で溢れかえった今の日本で
は、一も二もなく、医師はひたすらに幅広い知識を要求される。専門がどうこうとは言っていら
れない。診療報酬は国の経済の疲弊により戦前に比べ激減したため、かつては金持ちの職業
だったという医者稼業も、いまやそこらの一般企業のサラリーマンや公務員に毛が生えた程度
の収入だ。しかも医療器具や病院のテナント料など、必要経費の負担は大きい。食って行きた
ければ患者を増やすしかなかった。大雅は勤勉な性格で研究を欠かさず、また気が長く人当
たりも良いため、彼の経営する国見クリニックは、いつも商売繁盛の満員御礼だった。翠が何
の資格も持たず助手を勤めていても、その評判は落ちることはない。
──そうだ。何もあんな小娘の中絶につき合ってやることはなかったのだ。
 翠は思う。この一ヶ月、ずっと胸の中で反芻していた不満だった。
──三日がかり、泊まり込みのボランティア、医薬品の諸費用はこちらもち。なあ大雅さん。馬
鹿げた話だ。あの娘に今度会ったら百年目、あんたがどんな仏心を出そうと、おれがあいつに
天誅を下してやる。若いから、女だからって甘ったれるんじゃねえ。十六ならおれと二つしか変
わらないじゃないか。おれは親元を十二で離れたんだ。おれの親はあの毛利梨花の母親の糞
婆あ、毛利瑠華──けっ、ルカだってよ、顔に似合わない洒落た名前、笑っちまう──あいつ
より、おれの母親は酷かったぞ。アルコールとクスリで脳が腐ってた。心臓がイカれてるおれ
に、三歳になるまえからポルノにソープに闇売春宿、性風俗という性風俗をくまなく経験しつくさ
せ、その金を酒と麻薬に交換し暴れて──挙句の果てにあの女はおれを去勢して変態爺いに
売り飛ばそうとしやがった。ふざけんなレイプされるたびにおれは脳から血が引いて毎度ぶっ
倒れてたんだ。それをイッたのかと勘違いして喜ぶ客は意識のないおれを揺り起こして何度も
犯した。何度も何度もその繰り返しだ。本当に逝っちまわなかったのはおれの人生七不思議
だ。なあ大雅さん。あの娘は人生を舐めてやがるぞ。なあ。おい。くそ。先に寝られると、寝息
が耳に響く。気が散って眠れねえ。
 昼間の仕事で、疲れきっているのは翠も同じことだったが、寝る前にブローニングを弄り回し
て興奮したのが神経に障ったのか、翠は眠りにつくことが出来なかった。
 十二月も半ばにさしかかったというのに、生暖かい空気が重く、息苦しい。ここ数年、異常気
象が続いていた。紅葉はまだ始まったばかり、近所の学園前の銀杏並木を歩けば葉の緑とほ
のかに色づいた黄のグラデーションが目に優しい。どういうことだ。季節は秋だ。長い長い秋。
いつになったら冬が来るのだろうか。ホームレスの連中には、願ってもない気候かもしれない
が。
 翠は趣味で、ホームレス・テントを所持していた。それは翠のささやかな『城』──秘密基地で
あり、別荘だった。
──そうだ、あそこにも暫く行ってなかったな。あまり放っておくと、ものを盗まれる。明日は休
みだ。行ってみるか。その前に、眠らなければ。
 翠は吐息をつき、寝返りをうった。
「──翠。眠れへんのか」
 大雅がいつ起きたのか、声をかけてきた。彼はスタンドのスイッチを入れて、翠の顔を覗き込
む。
「寝酒でも、飲むか?」
 大雅はすっと立ち上がり、部屋を出て行き、琥珀色の液体が入ったティーカップを持って戻っ
てくる。
「飲めよ。すとんと眠れるで」
 翠は受け取って飲んだ。甘く濃い柑橘系のリキュールを湯で割ったものだった。一口すすると
芳醇なうまみが甘露のように口腔いっぱいに広がる。翠はゆっくりと味わいながら、リキュール
を飲み干す。
 翠は酒に弱い。コップにビール一杯で顔が真っ赤になり、呂律が回らなくなり、眠くなる。アル
中だった母親の上戸は遺伝しなかったようだった。 
 ティーカップ一杯の湯割り酒で、目が回った。翠は乱暴にティーカップをサイドテーブルに投
げ出し、ベッドにひっくり返る。
「効っくゥー」
「ええな、おまえは安上がりで。うらやましいわ」
「なぁ、おい、大雅さん。あんたはアホやで」
「何やねん、酒、酌んできてやったのに。この恩知らず」
「毛利の家を何で警察に届けへん。おかしいやん。こっちは悪いことなんか、何もしてへんやん
か。なぁ、おれはああいうやつらが大嫌いなんや。ええ? 自分ばっかり不幸やと思いやがって
世間に甘えくさって。そう思わへんか、おい。どう考えたっておかしいで」
「せっこいな、おまえは」
「せこくないわ。このヤロー。あのなぁ、商売人としては基本やろ、売ったものには金を取る」
「安心しろ。──実はな、モトは取ってるんや」
「え? モト?」
「あの胎児はな。女やったろ。健常者カードの母親の娘や。卵巣が大学に高く売れた。取り逃
した手術代の、まぁ、二十倍はする値段やったな」
「……そうか。二十倍で売ったか。そんならええんや」
「ええやろ。そやから、もう寝よう」
「二十倍か。すげえ……」
「おやすみ」
「あーあ。おやすみぃ」
 二十倍か。それならいい。いや、それでいいのか。何かおかしいような気がする。償ったのは
誰だ。殺された赤ん坊だ。
 あの赤ん坊にとってどっちが良かったのだろう。普通に産まれ、あの何を考えているのか分
からない酷薄な眼をした少女の子供として育つのと、辛い思いをする前にああして何も知らず
に殺されるのと。
 それはしかし、考えても仕方がないことだった。赤子の死は仮定ではなく、もはや一ヶ月以上
前に確定した厳然とした事実であり、過ぎてしまった過去なのだ。
 そんな考えが意識するともなく漠然と頭をよぎり、形をとる前に、翠は眠りに落ちた。眠りに落
ちる瞬間、どこかで地鳴りの音が轟いたような気がした。空耳だろうか、赤子の霊の泣き声
か、毛利梨花の呻き声か──
 大雅のしぼり出すような吐息は、ひっそりと闇に溶けていく。
 翠は何も知らない。
 大雅は翠の心臓のために、莫大な借金を抱え込んでいる。大雅とて、好きで胎児を殺し親に
無断で売り飛ばしている訳ではない。けれども借金を返すために金が必要なのだ。そのため
に敢えて時間と手間はかかるが金にはなる妊娠中絶をネットで宣伝し、二十二週を過ぎた赤
子の不法中絶をも取り扱っている。口コミは広がり、でかい腹をもてあました女たちがやってく
る。翠。おまえは何も知らず眠れ。それでいい。それでいい。
 プライドの恐ろしく高そうな、精密な陶器か彫刻のように整った顔をした十二歳の翠が、大雅
の意表をついて年相応のあどけなさを曝け出し、なりふり構わず「いやや。助けて。助けて」と
三十歳の大雅にむしゃぶりついてきたとき、大雅の柔らかい心は揺れ動いた。見捨てることが
出来ずに、翠を拾った。そうして、皮肉なことに、彼の心のもっとも柔らかい部分を刺激する翠
のために、大雅は心の敏感な箇所を少しずつ抹殺していくことを余儀なくされ、非情な鬼を目
指さずを得なかったのだ。
 大雅は寝返りをうち、眠りにつこうと目を閉じる。




 翌日は休日だった。外は快晴、『城』の点検に外出するには絶好の日和だったが、朝の翠は
低血圧のためいつも気分が悪い。
 食事が喉を通らないためとうに朝食を取る習慣はなくなり、マグカップのドリップ珈琲一杯の
香りを嗅ぎ、ちびちびとすすりながら、ぼんやりと脳に血が通うのを待っている。
 大雅のほうは、朝からきっちりトースト二枚にハムエッグ、トマトジュース、最後に珈琲という
彼の定番メニューをばりばり平らげる。翠は異星人でも見るようなまなざしでその光景を眺め
る。
 壁にはめこまれたモニタに映るニュースが、東京の高層マンション倒壊事故、兵庫のスーパ
ーマーケットの倒壊事故が昨晩遅くに連続して起こった事件を伝えた。
 東京のマンションは死者行方不明者三百数十名。兵庫のスーパーは死者二名ということだっ
た。
「夜を徹した救助作業が、現在も進められていますが、とにかくご覧のように粉塵がひどく、作
業は難航しています。死傷者は今後も増加するものと見られ、東京都庁および東京都警察本
部、世田谷区消防本部では急遽災害対策本部を設置しました。総理官邸では……」
 レポーターが倒壊したマンションの前でマイクを持って叫んでいる。
 ほこりが舞う瓦礫の山、大きくたわんだ錆びた鉄筋が、大きなモニタいっぱいにでかでかと映
し出される。
「ああ、またか。恐ろしいなァ」
 言葉とはうらはらの間延びした平穏な口調で、大雅がトーストを頬張りながらもごもごと言う。
 建築物の突然の倒壊は、日常茶飯事だった。
 この数十年に度重なった地震と空襲で損壊した建造物を、使い続けているからだ。
「翠、チャンネル変えるか。こんな風景じゃ、食欲も失せる」
「あー、んー。……おい、ちょっと、待て」
「あ?」
「このスーパーって、そこのニッポンスーパーやん! えっ倒壊したんか? 嘘おっ」
「わ。ホンマや、わ、ぐしゃぐしゃやー。二階建てやろ、あそこ。二階建てでも倒壊することって、
あるんやな。確かに、まあ亀裂も入ってたし、古かったのは古かったけど、……うひゃあー、こ
りゃ買い物、不便になるな」
「ってゆーか。買い物してる最中やったら、おれら、死んでたで。こえぇ」
「……そういうことやな。ええぇ。ひゃぁー。たまらんなおい」
「ま、そやけど倒壊を気にしてたら電車にも高速道路にも乗られへんし、買い物にも呑みにも
行けへんし。何も出来へん。気に病んでもしょうがない」
「そうやなぁ。しっかし、ブルーやわ」
「スーパー、火事は起こらへんかってんな。ほぉ。なあおい、これ見てる連中、今日はスーパー
に押しかけるで。争奪戦や。……負けてられるか。休みやんけラッキー! ごちそうさま! お
れも行ってくる!」
「おいちょっと待てや翠。まじか。略奪は犯罪やで」
「あほか、誰が捕まえに来るねん。捕まらんかったら犯罪やない。行くで」
「分かった、待て、おれもつき合うから。食い終わるまで待て」
「飲み込んでまえやそんなもん! 早く行かんと何もなくなる」
「あー、分かった分かった、まったくおれは厄介ごとはキライなんやが……」
「じゃあ来るなよ。ひゃっほう!」
 翠は天まで突き抜けるような歓声をあげて、マグカップをキッチンの洗浄器に放り込み、着替
えるために寝室へ駆け込んだ。
 背後で慌ただしく大雅が食器を片付ける音がした。
 翠はそっとサイドテーブルの引き出しに入ったブローニングを取り出した。神経質な細い指先
で、慎重に弾をこめる。拳銃は朝の光の中、渋い銀色の光を放つ。頼もしい重さだった。
 上着のポケットにブローニングを突っ込み、ジーパンに履き替えたとき、大雅が冬眠明けの
熊のようなもっさりと浮かぬ顔をぶらさげて寝室にのそのそとやってきた。
「翠、サングラスかけろ。それに帽子」
「おう。行くぞ」
「おい、それと薬を飲め」
「あ、また忘れてた。いかんな、飲んでくるわ。大雅さん、早う準備してや。車で待ってるから」
 威勢の良い掛け声をかけるのは翠だったが、ワゴンのハンドルを握るのは大雅だった。
慎重な大雅は翠の無謀運転をひどく嫌がり、同乗するときには決して運転させてくれない。
 ナビゲータによるオート運転であっても、障害物を避けるのは結局は人間のハンドルさばき
だ。おれは突発事故で死ぬのはぜったいに厭だ、と大雅は言う。死ぬときはそれなりの覚悟を
決めてから死にたい。失礼な奴だ、と言い返しながらも、翠はいつも素直に助手席に乗り込む
のだった。



                                     (第2話に続きます。)